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綜医學講座 第10講 綜医學の原理と『空海の生命観』 #講義レポート

即身成仏とは「今を生き切れ」という呼びかけである


講義風景(第10講 綜医學と「空海の生命観」)
講義風景(第10講 綜医學と「空海の生命観」)

第10講は、空海の生命観についてお話をいただきました。


生とはこの世に現れることであり、死とは大いなるものへ帰っていくこと。そこに善悪の判断はない。しかし空海は、死をきれいごとで語る人ではなかった、という話から始まり、愛する者を失った悲しみや苦しみを、その現実から目を背けず、現生をどう生きるのかを、徹底して問い続けたのが空海思想なのだと学びました。


そして、空海の「即身成仏」思想は、特別な修行を積んだ僧侶だけが到達する境地ではなく、ましてや「悟ったら完成」という話でもない。そうではなく、この現実世界の中で、できるだけ早く目覚め、世のため人のため、利他の精神で働く生き方のことなのだ、と。


前世や来世に救いを求めて、今の生から目をそらすのではない。老い、病み、やがて死ぬという現実を正面から見据え、それでも「今」をどう生きるのかが問われている。生きる喜びは現生にこそある、という空海の姿勢が窺えます。


また、「いのちの連鎖こそが、いのちの実像である」という話も心に響きました。命は「自分のもの」として所有できるものではない。先の世代から受け取り、今を生き、その働きを次へと手渡していく。その連なりそのものが命なのだ、という視点です。即身成仏もまた、個人が悟りを完成させる話ではなく、命の流れの中で目覚め、その流れを次へつないでいく実践として語られていたように思います。

さらに、即身成仏の思想が、古事記の「修理固成」と深く通じているという話もありました。世界は未完成であり、私たちはそれを整え完成させていくための“天沼矛(アマノヌボコ)”を託されて生まれてきている。つまり、「修理固成」の話からすると、私たちはすでに目覚めている者として生まれてきており、あとはどう生きるかなのだ、という先生の言葉が最も印象に残っています。


悟るために生きるのではない。今を生きるために目覚める。

そんなメッセージを受け止めた講義となりました。


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綜医學講座は、アーカイブ受講の方も含めて、現在は各回約50名の仲間が学んでいます。 講座事務局が開催する参加自由のおさらい会も実施しています。おさらい会は、講義の振り返りと気づきや感想の共有を行いながら、国手を目指して学び合うコミュニティです。

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