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綜医學講座 第9講 綜医學の原理と『大和言葉の生命観』 #講義レポート


綜医學の原理と大和言葉の生命観:イノチの構造を説明する林英臣先生

第9回を迎えた今回の講義の中心にあったのは、日本思想に貫かれてきた「物心一元」と、そこから立ち上がってくる「イノチの構造」という視点です。


私たちは現代社会において、身体と心を別々のものとして扱いがちです。しかし日本思想では、そもそも物質と心を分けません。これらは一つの実在を異なる角度から捉えたものにすぎず、最小単位である「ナホヒ(直霊)」の段階から、すでに物としての側面と心としての側面を併せ持っているのです。

講義では、イノチとは「息の内(いきのうち)」であり、呼吸こそが生命の最も根源的な現れであること、そして宇宙の生成原理と同じ構造が、人の命にも貫かれていることを学びました。


特に大切なのは、再出の命を構成する三つの要素です。

• イクタマ(生魂): 中心に位置する、最も強力なナホヒ。

• タルタマ(足魂): その中心力に引き寄せられ、満ち足りるように集まったナホヒの集団。

• タマトマルタマ(玉留魂): それらが一つにまとまり、安定した全体。生命体として成立している状態。


この「命の構造」を「独楽」に例えると、その真理がより鮮明に見えてきます。

軸(イクタマ)がどっしりと立ち、体部(タルタマ)が充実してこそ、独楽の全体(タマトマルタマ)として安定して回り、一つの生命として輝くことができるのです。


反対に病気とは、外から敵が侵入することではなく、本来まっすぐなエネルギーであるナホヒが変形し、歪んでしまった状態、すなわち「マガツヒ(禍津霊)」を指します。また、大和言葉で「病む」とは「止む(滞る)」ことであり、気血の流れが止まっている状態を意味します。


独楽の軸がぶれたり、回転が止まったりすること(病む・マガツヒ)を、再び中心の力を高めてまっすぐに戻していくことこそが、講義で語られた「治癒」と「立志」の姿なのです。


治癒とは何かを付け加えることではなく、禊(水による清め)や祓(空気による清め)の実践を通じて「元のナホヒの状態に戻す」ことに他なりません。さらに、最高の健康法とされる「立志」によって「何のために生きるか」という軸を打ち立て、イクタマの求心力を高めることが、生命を根底から輝かせる鍵となります。


綜医學講座は、単なる知識の習得の場ではありません。

身体・心・魂が一元となった「霊体(れいたい)」を日々の生活の中で磨き上げ、自分自身を整えることで、社会全体に光を広げていくための「実践の場」であることを、今回の講義を通じて深く認識しました。

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